この地、この人々と共に。
讃岐には讃岐の色があります。野や風の匂いも、海と空の光も、讃岐を楽しげに語っています。アントニオ・ガウディの建築が、陽光きらめくスペイン・カタロニア地方の風土を反映している様に、わたしたちの仕事も何より讃岐の国を語るものでありたい、と願っています。
ここに、先祖が書き記した建築図があります。図面には弘化5年(1848年)と記されています。ペリ−が艦隊を率いて浦賀に来航したのが1853年ですので、わが先祖はもうこの頃には建築の仕事に携わっていたことになります。香川県から正式に大工職の鑑札(創業の証)が出されたのは、夏目漱石が「坊ちゃん」を書いてから三年後にあたる明治42年(1909年)です。
讃岐の国にあって、ずっと建築の仕事を重ねてきたことは、わたしたちの誇りであり、同時にプレッシャ−でもあります。仕事を引き継ぐことに喜びがある一方、それ故の責任の重さを感じるからです。
わたしたちは、おだやかに広がる青い海と、どこまでも明るい讃岐の風土を愛しています。 わたしたちは、この地、この人々と共にこれからもずっと、いつまでも変わらぬ気持ちでこの仕事を続けていきます。 |