自然と寄り添う暮らし

MENU

自然と寄り添う暮らし

あののぉ vol.62 2022 秋号

あののぉ vol.62 2022 秋号

.
.
HOUSE REPORT 「家業を守り、住み継ぐ家」


家業を守り、住み継ぐ家

家業を守り、住み継ぐ家

 今回訪れたのは、高松市郊外にある林業家4代目Hさんご家族のお住まいです。光を取り込むガラスの玄関ドアを開け、まず目に留まるのは色彩豊かな絵画。娘さんが描く絵はお部屋の各所に飾られ、季節に合わせて設えることが奥さんの楽しみとなっているそう。
 LDKの中央にある大黒柱は、Hさんのお父様が戦前に購入された徳島県脇町の山の、樹齢88年になる檜を新月伐採(※)したもの。埋め木は欅、蝶チギリには黒檀を使用しました。
※新月伐採:樹木の中に栄養水の残留が少ない切り旬(冬季の新月)に伐採すること。


家業を守り、住み継ぐ家

家業を守り、住み継ぐ家

守り、活かし、光を通す

  Hさんの住居は北側の離れと南側の母屋、その間にLDKの三棟が「H」字のように繋がっています。築86年の離れは奥座敷のような歴史ある風情。屋根裏を見ると「和小屋」と「洋小屋」と「与次郎小屋」の三種からなるハイブリッドな小屋組み(※)が残っていました。Hさんが子供の頃は、かまどや五右衛門風呂、井戸があり、床下から大きなおんびきさん(ヒキガエル)が飛び出してきたと、当時の思い出を話してくださいました。
 築45年の南側の母屋は、新建材も用いられた和モダンを感じる建物。南北二つの建屋の間には、食堂と台所の棟がありました。増築・改築されてきたこれら三棟が重なりあう屋根の部分からは雨漏りがあり、また段差の多い床でもありました。
 これからもこの家で安心して暮らしていけるように、生活導線をバリアフリー化したい。そんなHさんご家族の思いが出発点となり、建替え・改修計画がスタートしました。 
 玄関から母屋、離れのトイレまでをバリアフリーにするには、どうしても床と天井の高さに制限があります。圧迫感を感じさせないために、新しいLDKの天井は吹き抜けにし、中窓、間接照明を設置。東西に大きな窓をとり、芝生の庭につながる軒の深いウッドデッキの効果で、光と風が通る開放感のある空間になりました。
 一方で、当初は食堂や台所とともに北側の離れも解体して建替える話もありましたが、貴重な小屋組みのほか、凝った造りの建具や、黒檀や紫檀、黒柿など良質な材もあったため、活かすことに。

※ 建物の屋根を支える骨組み。「和小屋組」と「洋小屋組」があり、「与次郎組」は古来の土蔵や酒蔵に見られる和小屋組のひとつ。


家業を守り、住み継ぐ家

photo(左上):娘さんが描いた四季折々の絵画が飾られている玄関(取材時:8月) (右上):笑顔で家づくりの思い出を語ってくださったご主人  (左下):軒が深く、ゆったりとしたウッドデッキと、お孫さんたちも大好きなお庭  (右下):古木里庫の一枚板を使った洗面台のあるお手洗い

「林業に誇りをもって精励すべし」

 ご相談いただく5年前、Hさんは家業でも大きな転期を迎えていました。
 お父様から林業を継いでしばらくの間は、下刈りや保育間伐(植林した苗木の成長を妨げる雑草や雑木を刈り払う作業)は自力で行い、その後の重機を要する伐採搬出作業は森林組合に委託していました。そうして育林期間を終えた木を出荷しても、材価の低迷や人件費の高騰で、山主は赤字になるばかり。林業だけで存続するのは厳しい状態でした。とはいえ、山を放っておくことはできません。伐採を委託ではなく自伐する方向へと舵を切り、付加価値をつけて利益を生み出す必要性を感じるようになりました。
 その思いを企業に勤めていた息子さんに伝えたところ、息子さんの心の中には幼いころから見ていた床の間の掛け軸に記されている家訓「造林は環境保全に貢献する一大公益事業である。誇りをもってこの偉業に精励すべし。」の言葉があったため、すぐに決心されたそう。親子二人三脚、重機を購入し、自伐林家として再出発しました。

photo:H邸のリビング


家業を守り、住み継ぐ家

低温乾燥と、手刻みの家

 造林作業道を整備するには、大量の木を伐る必要がありました。そこで、自伐した木を建替え改修に使用することにしました。構造材、板材は全部でおよそ4トンにもなりました。その後、構造材は綾歌町にある山一木材(株)さんで約1年間、バイオマス併用の自然乾燥に近い山一式低温乾燥装置で乾燥させ、板材は自宅の倉庫で桟積乾燥しました。スピーディに乾燥できる通常の人工乾燥では、本来の檜の香りがなくなってしまうからです。

photo(左):香川県さぬき市長尾のHさんが管理している山。立派に育ったヒノキを見つめるご主人 (右):下草まで光が届く、Hさんの明るい森

場所:高松市 
竣工:2019年9月
延床面積:建替え部分:34.23㎡(10.37坪)  /  改修部分:95.92㎡(29.06坪)
構造:木造平屋建て
設計・施工:株式会社 菅組


家業を守り、住み継ぐ家

三代に渡り、手をかけて育てた木を。

 乾燥した木は、プレカットはせず全て大工の手刻みで加工しました。手刻みとは、材の一本一本に鉋(かんな)をかけ、のこぎりやノミで継ぎ手や仕口などの凸凹加工を施し、精密に組み上げていく技術のことです。表面の艶、手触り、木目がプレカットされた材とは比べ物にならないほど美しい仕上がりになります。また、材の癖や歪み、捻じれを見極め調整しながら組み上げるので、強度もあり、木組みも美しくなります。まさに伝統工法を習得した宮大工だからこそできる洗練された匠の技です。「手刻みを間近で見られるのはとても貴重な体験だった」とHさん。薪ストーブに火を入れて3年経った今でも、木材の割れはほとんどありませんでした。
 三代が手間をかけて大切に育てた檜。檜の良さを最大限に引き出せるよう、天然乾燥をして、手刻みの家を建てる。そんな夢のようなプロジェクトは、代々続く先人たちへの敬意や、山への感謝の現れでもありました。


photo(左上):伐採しているHさん (右):Hさんが管理している山で、Hさん自ら建替え・改修工事で使う木を伐採(新月伐採) (左下):Hさんと息子さん、菅組の山口棟梁、設計、営業の5人で伐採した木の確認や、背割りを入れる場所を相談している様子


家業を守り、住み継ぐ家

 「林業から出発した家づくり。木の良さは知ってはいましたが、暮らしてみて無垢の木の良さを再認識しました。本当にいい香りで癒されます。改修して、思っていた以上に快適に過ごしています。
 FAXを送ったら数日後には木材が届き、どこの木かも判らない木で家を建てるのが当たり前の時代。今回私は、三代に渡り手をかけて育てた木を自分の手で伐りました。その後は運搬、乾燥、それから工務店の方、大工さんがいて。関わるすべての人たちが私の夢を一緒に追いかけて建ててくださいました。林業をやっていて、本当によかったです」そう振り返るHさん。林業の未来についても、朗らかな笑顔で力強く語ってくださいました。

 「家を建てることの川上の人間として、夢を持って家づくりをする人たちのお手伝いをしたい。そして、小さな林業でも、持続可能な林業を目指したいと考えています。木を育てるということは、時代の変遷に左右されることなく、我が道を行くということなのです」
 Hさんの描く林業の未来は、木漏れ日のように真っすぐ森を照らしているようでした。

photo(上):約1年間の自然乾燥に近い山一式低温乾燥装置で乾燥させた木が、菅組の刻み小屋に搬入された時の様子 (左下):大黒柱と梁と桁を四方差し、車知栓(しゃちせん)で接合  (右下):香川県のみどり整備課の方や、林業関係の方々をお迎えして構造見学会を開催


家業を守り、住み継ぐ家

photo(左):樹齢約90年のヒノキの大黒柱が据わり、お孫さんも大喜び  (右):工事途中の建物を真上からみた様子


家業を守り、住み継ぐ家

.
.
建物紹介 香川県立多度津高等学校 創立100周年記念事業「硯ケ丘記念館(すずりがおかきねんかん)」


建物紹介 香川県立多度津高等学校 創立100周年記念事業「硯ケ丘記念館(すずりがおかきねんかん)」

環境と健康への配慮
そして原風景と伝統を守り伝える


 多度津高等学校は、地域産業を担う人材を多く輩出してきた歴史のある専門高校です。2021年に創立百周年を迎え、歴史的資料を展示する展示室と、セミナールームを兼ね備えた記念館を設立することになり、卒業生も多く在籍するわが社で設計・施工させていただきました。

 建物は県産材を使用した木造とし、焼杉、漆喰壁、日本瓦葺の伝統工法で。一見とても単純な切妻屋根の平屋ですが、設計士や大工の長年の知識と経験があるからこそ出来る大胆なアイデア、綿密な計算、確かな技術が結集していました。

 外観で印象深いのは、軒の低い日本瓦葺きの大屋根。雨どいは出入り口のみ設置しました。そうすることで外見的にスマートになり、雨どいの掃除やメンテナンスも軽減されます。雨どいがないからこそ見える、雨粒が地面に落ちる姿はとても美しいもの。景観美と機能性を兼ね備えた、日本ならではの伝統的な建築様式です。木材には匙面という面取りや胡粉(ごふん)という白い天然防腐材を塗装するなど、細やかな装飾を施しました。

photo(左上):高等学校の歴史資料がならぶ展示室 (右上):漆喰壁に硯ケ丘記念館の看板がかけられている (左下):北面と南面の外壁は、耐久性の高い焼杉板(矢切は漆喰壁) (右下):木に包まれたセミナールーム


建物紹介 香川県立多度津高等学校 創立100周年記念事業「硯ケ丘記念館(すずりがおかきねんかん)」

 外壁は耐久性の強い焼杉板を縦張りに。更に、日光や雨風に晒されて起きてしまう木の伸縮の逃げ場を確保し、雨水を防ぐために、押さえ縁を被せました。使用した釘も、焼杉になじむ色にするために炙るという、棟梁のひと工夫。見た目にも落ち着きのある印象になりました。軒桁の上の面戸には、多度津高校の校章が彫られています。これも棟梁のアイデアで、木型を作り一つ一つ彫り上げました。

 内観は、開放的な空間が広がります。天井の合掌が目に入りますが、一般的に見られる水平の梁がありません。木材にボルトを通し、上の部材を引き付け、ビスを打ち固定。屋根瓦の重さに耐える強固な小屋組みができ、より広い空間になりました。方杖(ほうづえ)の小口(こぐち)にも銀杏面という面取りを施しています。

 「無いものは作る。設計図にある一本の線をカタチにすることが大工の仕事」。取材時につぶやいた棟梁の言葉が心に残ります。それは正に、多度津高校の校訓「清明強和(せいめいきょうわ)」。自ら学び考え、行動する意欲や能力を育み、夢や理想に向かってチャレンジする精神と、自然との共生を考えることができること。
 これから百年、「硯ケ丘記念館」を通してその心を伝えていけたなら。建築の仕事という醍醐味を感じた取材でした。

【 硯ケ丘記念館の建物概要 】

場所:仲多度郡多度津町 
竣工:2021年10月
延床面積:98.15㎡(29.74坪)
構造:木造平屋建て
設計・施工:株式会社 菅組


■完成動画


.
.
〔森里海から No.62〕BEE HOUSE(蜂の家)


〔森里海から No.62〕BEE  HOUSE(蜂の家)

文・写真 菅 徹夫

 「もしハチが地球上からいなくなると、人間は4年以上は生きられない。ハチがいなくなると、受粉ができなくなり、そして植物がいなくなり、そして人間がいなくなる」。アインシュタインの言葉だそうです。世界の食料の9割を占める100種類の作物種のうち、7割はハチが受粉を媒介していると言われています。ハチは人や地球にとって欠かすことの出来ない生物なのです。しかし、ミツバチの数は減少傾向が止まらず、蜂蜜のみならず、農作物の生産にも深刻な影響を与えているのが現状です。 
 ミツバチのように花粉や花蜜を集めるハナバチ類は、知られている限りでも世界に約2万種、日本には約390種あるそうです。ハナバチ類は、野生植物や農作物の大変重要な花粉媒介者であり、生態系の維持や食料生産という観点からも、なくてはならない存在です。ハナバチのなかでもミツバチのように大きな巣をつくり集団で社会生活を営むのではなく、単独でひっそりと生活する管住性(かんじゅうせい)ハチ類あるいは借孔性(しゃっこうせい)ハチ類と呼ばれるハチ類が多くいます。これらのハチ類は刺すための針は持っていますが、攻撃性や毒性は極めて穏やかで積極的に捕まえようとでもしない限りまず刺される心配はありません。

photo(左上):蜂のアパート(蜂の家x5) (右):蜂の家製作風景(菅組刻み小屋)  (左下):蜂の家単体(様々な大きさの溝を彫っています)


〔森里海から No.62〕BEE  HOUSE(蜂の家)

photo(左):設置状況(琴弾公園内) (右):ほぼ満室近い状態


〔森里海から No.62〕BEE  HOUSE(蜂の家)

 この管住性ハチ類は、竹やアシのような中空の筒や、カミキリムシ等の甲虫類によって材に開けられた脱出坑などの空間に巣を造ります。親バチは巣の中に餌を蓄えて産卵し、孵化(うか)した幼虫はその餌を食べて育ちます。このような様々な種類の管住性ハチ類も竹やアシのような営巣(えいそう)場所環境が激減していることで、繁殖がままならず絶滅の危機に瀕している種類も数多くあります。ハチが減少すると、ハチにより受粉をしていた植物が減少し生物多様性が貧困になります。また野菜や果樹などの農作物にも大きな打撃を与えます。
 管住性ハチ類に営巣場所を提供しようというのがBEE HOUSEの取り組みです。このBEE HOUSEを数多く設置することで、ハチの個体群の維持や増加に貢献していこうというものです。今回、NPO法人みんなでつくる自然史博物館・香川が取り組む「蜂の家プロジェクト」で蜂の家づくりに協力させていただきました。弊社の大工チームで「蜂の家」と「蜂のアパート」を数多く製作し、ことなみ未来館(旧琴南中学校)、琴弾公園、父毋ヶ浜、丸亀M社の敷地内など各所に設置させていただいております。
 「人と自然との共生の可能性」と「生物多様性保護のために企業が出来ること」について、これからも本気で考えていく必要があると思っています。 

※文中の多くをWEBページなど参考文献より引用

photo(左上):蜂の家・蜂のアパート企画書 (右上):ソーラー発電所のパネルの下に設置 (左下):父毋ヶ浜近くのS社に設置した蜂のアパート  (右下):入居者募集中


〔森里海から No.62〕BEE  HOUSE(蜂の家)

.
.
〔大工のはなし〕第23回『鐘楼門の斗組(ますぐみ)の再生』



今回の写真は、鐘楼門の改修工事を機に新しくした「斗組(ますぐみ)」です。
「斗組」とは、社寺建築などで見られる組物のことです。
これは、上部からの荷重を支える構造部材を組み立ててつくった構造物です。斗(ます)と呼ばれるサイコロ状の部材と肘木(ひじき)からなっています。
斗組も様々な組み方があります。その中で今回の組み方は「二手先(ふたてさき)」と呼ばれ、柱から二手前方に肘木を出したものになります。
今回のように、縁の下に二手先の斗組は珍しく、この作業に携わった宮大工にとって、貴重な経験を積むことのできた工事となりました。


動画では、「鐘楼門の再生(後編)」の動画内に、斗組を組んでいる様子がございます

.
.
〔information〕硯ケ丘記念館でSDGsのゲームを実施


〔information〕硯ケ丘記念館でSDGsのゲームを実施

 2020年6月、瀬戸内国際芸術祭2022へ参加する多度津高等学校の建築科3年生20名を対象に「2030SDGs」カードゲームを行いました。SDGsのゴールを達成するために、現在から2030年までの道のりを体験し、理解していくものです。「SDGsは環境保護だけでなく、経済発展や社会的責任も含まれることを知った」「『経済・環境・社会』をバランスよく発展させる難しさと意義を理解できた」等の感想をいただきました。
 私たち大人ひとりひとりが担う責任や可能性をこれからも考え、行動していかなければと思います。
(2030 SDGs公認ファシリテーター:西原澄子)


  1. ホーム
  2. 地域のこと
  3. あののぉ
  4. あののぉ vol.62 2022 秋号

関連する取り組みはこちら

TOP