あののぉ vol.68 2024 夏号
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HOUSE REPORT 「発想力をかきたてる街なかのコートハウス」
青果物や水産物が集まる「高松の台所」、中央卸売市場のすぐそば。昔から変わらぬ風景が広がるこのエリアは、路地へ入れば住宅が建ち並び、町全体が懐かしい雰囲気に満ちています。
Nさん一家がこの町に引っ越してきたのは、今年の春。間口が狭く奥に長い敷地に建つ家は、Nさん自身が設計を手がけました。中に足を踏み入れると想像以上の開放感! その家づくりの物語をお聞きしました。
自邸をまかせられるという安心感
高松の旧市街地ともよばれる町並みの一角。道の両脇に立ち並ぶ家々や商店の中に、今回お邪魔したN邸があります。隣家と近く、間口もコンパクトですが、家の前には植栽や車2台が停められるスペースもあり開放的。ミルクティーのような優しい色のジョリパット塗りの外壁の一部には、杉の羽目板を採用。そのナチュラルなたたずまいに、街中にいながらもどこかホッとするような趣きを感じます。
Nさん一家が家づくりを考え始めたのは、現在2歳となる双子のお子さんたちがお腹の中にいた頃。夫婦ともにフルタイムで働いているため、アクセスがしやすく日々の買い物にも便利、という条件のもと検討を重ねました。その一方で、建築は菅組に依頼すると早々に決めていたというNさん。
「菅組の職人さんたちの仕事ぶりを見ていて、この方たちなら安心してまかせられると感じていました」と話します。というのも、実はNさん自身が建築士。その仕事柄、日頃から菅組に関わることも多かったため、自宅を建てるときには菅組に、と思い描いてくださっていたそうです。
「仕事でさまざまな現場を見ることがありますが、菅組の職人さんたちは特に丁寧で手を抜かない。そういう実直な仕事ぶりを見ていたので、自分の家を安心してまかせられると思っていました。市街地なのでさまざまな制約があるなか、住宅設計のアドバイスをいただけたのも心強かったですね」
細かな工夫で家時間がもっと快適に
家づくりにあたって奥様から希望したのは、日々の家事が楽になることでした。5歳の長男を含む家族5人の洗濯物は、ガス衣類乾燥機「乾太くん」の導入で劇的に負担が少なくなったとか。またランドリールームから中庭にも出られるため、大きなものを干すときにも最小限の動線で済むのだと話します。
さらにキッチンには「ミーレ」の食洗機を設置し、台所仕事も最小限に。日々のゴミ捨てに便利なようにと、勝手口は玄関の反対に設けました。ともに仕事を持ち、子育て真っ只中のご夫妻が、慌ただしい日々を少しでも軽快に過ごしていくための工夫が家中に施されています。
自宅で迎える1年目。地鎮祭や棟上げなどの経験をともにした子どもたちも、家で楽しむことへの意識が高まりました。夏になればバーベキューやプールなど「やりたいことが山ほどある!」と、笑顔いっぱい。暮らすほどに思い出が増えていくことでしょう。
場所:香川県高松市
竣工:2023年11月
延べ床面積:127.97㎡(38.78坪)
構造:木造2階建て
設計:Nさん、株式会社 菅組
施工:株式会社 菅組
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現場紹介 「理源大師堂 令和の大修復」
香川県坂出市沙弥島にある、理源大師堂の改修並びに境内整備工事の様子をご紹介いたします。
理源大師堂は、讃岐五大師の一人で沙弥島に生を受けた「聖宝(理源大師)」が、母の菩提(ぼだい)を弔い民衆を救うためお堂を建てたのがその起源とされています。1671年(寛文11年)に溝淵庄兵衛によって、理源大師の木像と共に再建されました。その後、老朽化した境内に心をいためた溝淵清美さん(故人)の発願によって、今回の本堂の改修と付属建物の整備が進められています。
取材時は、菅組の宮大工が本堂の26本の檜の桔木(※)を取り付けている真っ只中でした。既存の柱や梁(はり)、垂木(たるき)、裏甲(うらごう)、茅負(かやおい)などの化粧材はできるだけ残しつつ、耐震性も確保しながらしっかりとつくりあげていきます。
昔のように人々が集い、心が和む大切な場所となるよう、チーム一丸となって工事を進めています。
※日本の伝統的な木造建築に見られる特徴のひとつで、てこの原理によって屋根裏から軒先を支える部材のこと
【建築概要 】
工事名:理源大師堂減築改修並びに境内整備工事
場所:香川県坂出市沙弥島
設計・施工:株式会社 菅組
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お店紹介「おでんとおばんざい『蘇芳(すおう)』」
2024年3月、香川県JR丸亀駅からすぐの通町商店街の一角に、おでんとおばんざいのお店「蘇芳(すおう)」がオープンしました。
新築のお店には、香川県三豊市仁尾町の古材を保管・販売している「古木里庫」の材料をふんだんに使いました。昔、蔵で使われていた歴史ある扉や、職人の技が冴えわたる書院障子を欄間風に再利用しました。また、L字型カウンターテーブルは、香川県丸亀市綾歌町にある山一木材(株)に保管されていた、桜の共木(※)の一枚板を3枚余すところなく活用しています。
客席は9席。女将さんお一人で切り盛りされています。料理は日替わりで、旬の食材を取り入れたものや、まさに「おふくろの味」と呼ばれる品々を味わうことができます。お酒も地元の銘酒を取り揃えています。この辺りはビジネスホテルも多く、県外から出張で来られる方の来店も多いとのこと。その人たちにも、香川の郷土料理が食べられると喜んでもらっているそうです。
女将さんの笑顔と居心地の良い空間で、体に優しく、心も体もあたたまる味をいただく。ここはまさに第二の我が家のような存在なのかもしれません。
※1本の同じ木から採った材料のこと
店名:蘇芳(すおう)
場所:丸亀市通町28-5
JR丸亀駅から徒歩4分
電話:0877-89-9045
時間:17時~22時
定休:火・水曜日
駐車: コインパーキングへ
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〔森里海から No.68〕藍屋敷 ( 城構えの家)
文・写真:菅 徹夫
日本三大暴れ川と言われる吉野川は「四国三郎(しこくさぶろう)」とも呼ばれ、利根川「坂東太郎(ばんどうたろう)」、筑後川「筑紫二郎(つくしじろう)」と共に全国有数の洪水地帯を形成していました。毎年のように洪水被害をもたらす吉野川の氾濫原(はんらんげん)に栄えたのが藍栽培(あいさいばい)です。「耕作の基本は洪水を利用するという『自然客土(しぜんきゃくど)』にあった。森林で蓄えられた栄養分は洪水で土砂とともに大量に流され、沿岸の氾濫原に肥沃(ひよく)な土壌をもたらした。*」とあるように、洪水と藍栽培は切っても切れない密接な関係にあったようです。
藍栽培は事業として大成功し、阿波に莫大な富をもたらします。藍商人たちは全国から買い付けに来る商人たちをもてなすために競って豪壮な屋敷を構え、接待に多くのお金を使ったようです。立派な藍屋敷があちこちに見られるのには、このような歴史的背景があるのです。氾濫原に建てられた藍屋敷は洪水に見舞われることもたびたびでしたので、敷地の周りを城のような石垣で囲い、敷地全体をかさ上げして洪水から屋敷を守るという水防建築が生まれました。これが「城構え」と呼ばれる所以です。
石垣には青石(あおいし)と呼ばれる徳島独特の石を使用するなど、藍屋敷は地域性豊かな土着的表現として、また藍産業の産業遺産としても高い価値があります。石垣だけでなく、水防の工夫は他にもありました。田中家住宅で今もお住まいの家主の方に聞いたのですが、なんと母屋の茅葺(かやぶき)屋根は水が屋根まで達すると浮き上り救命ボートの役割をするのだそうです。まさに究極の洪水対策、氾濫との共生とさえ言えるのかもしれません。川の氾濫が生み出した産業と建築は、徳島の誇るべき文化遺産と呼べるのではないでしょうか。
*水屋・水塚 水防と知恵と住まい(LIXIL出版)より
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〔大工のはなし〕第29回『大工の技術 手刻み懸魚(げぎょ)』
この懸魚(げぎょ)は、あるお寺の屋根の改修のためにつくられました。
懸魚とは、屋根の破風板の下に取り付けられる装飾用の材料で、棟木や母屋桁、軒桁の木口を隠す役割を果たします。
懸魚の中央には「六葉(ろくよう)」と呼ばれる6枚の葉で構成される六角形の飾りが付き、六葉の中心から出る棒を「樽(たる)の口」、その根本にあるのを「菊座(きくざ)」と呼びます。
木の種類は、堅く木目の美しい楠(くすのき)です。溝の深さや角度などは、長年培ってきた感覚で調整するそうです。まさしく匠の技術です。
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〔information〕鎮守の森プロジェクト 第9回 菅生会 植樹活動
2024年3月20日(春分の日)。香川県三豊市仁尾町にある父母ヶ浜を目の前にした百歳書店にて、鎮守の森プロジェクトの一環である「菅生会植樹活動」を開催しました。コロナウイルスの影響で活動を休止していたため、5年ぶりの実施となりました。
菅生会のメンバーとその家族、地域の方々の総勢40名が、潜在自然植生の苗53種、約300本の苗木を約50㎡の土地に約2時間弱で植樹しました。
父母ヶ浜の美しい景色を守り続けている「ちちぶの会」をはじめとする地元の皆さんや、観光で訪れた方々に、この地元のDNAを持つ木々の成長を見守っていただきながら、やがてこの美しい砂浜の憩いの場として、ふと木陰で休みながら穏やかな海を眺められる、そんな場所になってほしいと願っています。