自然と寄り添う暮らし

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K邸の妻壁の家紋と、讃岐の鏝絵(こてえ)

あののぉ vol.65 2023 秋号

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HOUSE REPORT 「住まいと庭が調和する『庭屋一如』の家」


HOUSE  REPORT  「住まいと庭が調和する『庭屋一如』の家」

 徳島県との県境に近い香川県の山間の町。平野をぐるりと囲む稜線の向こうに太陽が沈むと、熱が冷めるように空が青味を帯びはじめます。ビニールハウスや家々の白壁も青白く染まり、次第に深い藍色を伴って、ゆっくりと夜の帳が降りてきます。
今回訪れたK邸は、1年前に改修を終えた築80年の古民家。
「夕食後にここでくつろぐのが至福の時」と話すご夫妻の視線の先には、茜色の柔らかい光に照らされ、陰影を揺らす庭の草木たち。
改修によって新たな楽しみを手に入れたご夫妻の、穏やかな暮らしを取材しました。


HOUSE  REPORT  「住まいと庭が調和する『庭屋一如』の家」

K様は、ビニールハウスとその周りの玉ねぎ畑で日々農作業している。右下のお宅がK邸。


理想の我が家を追い求めて

 青々とした田畑が広がり、民家が点在する讃岐平野。山と空の稜線がどこを切り取っても美しい、のどかな風景の中にあるのが、今回訪問したK邸です。この地に建ったのは80年以上前のこと。重厚な瓦屋根に讃岐ならではの鏝絵が印象的な立派なお宅ですが、3世代に渡って暮らしてきたということもあり、水回りの不便さや耐震性への不安などがあったそうです。それを解消したいと、キッチンとダイニング、浴室、洗面所そして土間のあったスペースを、Kさんご夫妻のライフスタイルに合う空間に改修することになりました。
 「父の代には人の出入りも多かったので、勝手口から近所の人が入ってきて、そのまま台所の一角に置いたソファで話しながら一杯、ということが日常の一コマでした」とご主人。人が来ることを前提としてつくられていたためとても広く、今となっては持て余し気味であったことも改修に踏み切ったきっかけだったそうです。
 では、広いスペースを快適な空間にするにはどうすれば良いか? 夜な夜な話し合い、改修に入る前の1年間で、なんと20~30案ほどのプランを考えていたというご夫妻。じっくりと考えをまとめる時間があったからこそ、やりたい事がより明確になったと話します。
 理想とするイメージを持って、雑誌を見たり、さまざまな会社の資料を取り寄せ、実際に数々の現場も見に行ったKさんご夫妻。長い歴史を持つ家の重厚な佇まいを損なわないようにと、使う素材にもこだわって探した結果、たどり着いたのが菅組の家だったそうです。
「空間に人が合わせるのではなく、暮らし方にフィットするような空間と、その雰囲気に合う造作家具を取り入れたい。菅組さんならそれが叶えられそうだと思いました。既製品をあまり使いたくないということを設計士さんに伝えると、生活動線に合わせた造作家具の提案をたくさんしてくださったのも心強かったですね」と奥様。使う素材については、見学会などに行くとたくさんのヒントを得られたそうで、キッチン床のタイルや火山灰を主原料とした壁材、アメリカンスタイルのスイッチパネルなどは、実際に菅組の施工例から取り入れました。
 さらに建築中は新たな発見も。今回改修したキッチンダイニングは北西の角。それまでマイナスイメージを持っていた方角を「光の差し込み方が柔らかくて良いですよ。暑い夏には夕方になると涼しい風が通ります」と設計士に言われたのは「目からうろこだった」とご主人。実際、フローリングの焼けもなく、窓の外の庭木や下草が真夏に枯れることもないそうです。


HOUSE  REPORT  「住まいと庭が調和する『庭屋一如』の家」

左上≫既存建物の解体前 左下≫解体後 右≫内装と家具が調和して、庭とも一体となった癒しの空間が実現


HOUSE  REPORT  「住まいと庭が調和する『庭屋一如』の家」

左≫同じく改修した2階の書斎。窓の外に新緑が広がる 右≫ライトアップされた庭は昼とは違った表情を見せる


鳥のさえずりを楽しむ余裕が生まれた

 数カ月に渡り丁寧に調べて、施工例を見て、設計士と何度も打ち合わせを重ねて完成したK邸。打ち合わせの度に良くなっていると手応えを感じながらの家づくりは、とても楽しかったと振り返ります。
 ご夫婦が一日で一番長く過ごすキッチンダイニングは、ダイニングのオーク材の床とキッチンの壁や床のグレーのタイル、ステンレス製のキッチンが印象的なスタイリッシュな空間に。実は窓の位置なども緻密に計算されていて、アイランドキッチンに立つと、外の道路からの目線を気にすることなく庭や遠くの山々が見え、山から下りてきた涼しい風が部屋を通り抜けます。そして少し離れていて不便だった浴室や洗面所はキッチンダイニングに隣接させ、生活動線もとても便利になりました。
 さらに、スペースを持て余していたという室内を生活しやすい広さに狭めて、新たにつくったのは庭。縁側越しに見える庭は「庭屋一如」をテーマに、家と周囲の自然をゆるやかにつなぐ役目も果たしています。
「庭は後から考えればいいかな、と思っていたんです。でも設計士さんに『家とともに庭づくりも同時進行で考えましょう』と提案され、その通りにしたら大正解でしたね」とご主人。今では季節の移ろいとともに装いを変える庭を眺めるのが日課になり、新芽が出たり花が咲いたりするたびにご夫妻で喜んでいるのだそうです。
 「庭を楽しむ時間ができて、山から聴こえる鳥のさえずりも心地良く感じるようになりました。リフォーム前にも聴こえていたはずですけど、感じ方が違う。不思議ですね(笑)」と奥様。日々に追われるのではなく、日々を楽しむようになった証しかも、と話します。


HOUSE  REPORT  「住まいと庭が調和する『庭屋一如』の家」

上≫洗面所と浴室はダイニングの隣にあり、使い勝手抜群 左下≫手作り家具は勝手口外の作業エリアにも  右下≫季節ごとの花木が楽しめる庭


 ところで、ダイニングスペースにあるひときわ存在感を放つテーブル。実はこれが、キッチンダイニングを設計する上でキーポイントとなりました。かつて造作家具の会社を経営していた奥様のお父様が今回の改修に合わせて採寸し、北米産のナーラという木を使ってつくったもの。食事をするだけでなく、家族が集まる場所にふさわしいものにと、図面ができた段階で製作が始まりました。
「父が勧めるサイズで図面に当て込んでみた時には『大きすぎるのでは?』と思ったんですが、家ができて搬入したら、ベストな大きさでした」とご夫妻ともに絶賛。家具製作のプロであるお父様と設計士のタッグで、まさに「黄金比」の空間ができあがりました。
 最後に「家づくりの採点をするなら?」という質問には「200点!」とご夫妻揃ってにっこり。その笑顔からは、日々の暮らしを心から楽しんでいる様子が伝わってきました。


HOUSE  REPORT  「住まいと庭が調和する『庭屋一如』の家」

解体前と後の図面


場所:香川県仲多度郡まんのう町
竣工:2022年6月
改修部延べ床面積:51.19㎡(15.51坪)
構造:木造平屋建て
設計・施工:株式会社 菅組

K邸のインタビュー動画


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現場紹介 「父母ヶ浜店舗 新築工事」


現場紹介 「父母ヶ浜店舗 新築工事」

左上≫伐採直後の様子 左下≫柱の長さに伐る「玉切り」作業 右≫伐採した檜とともに。左から菅社長、林業家の豊田さん、店舗オーナーの三窪さん


香川県産檜(ひのき)に包まれた店舗

 三豊市仁尾町の父母ヶ浜のすぐ近くにオープンしたタコス屋さん。その建物の工事中の様子をご紹介します。
 建物の中心に据えられた八角形の大黒柱は、香川県仲多度郡まんのう町の山で伐採した、樹齢100年ほどの迫力ある檜です。方形屋根のかき合い部分(頂点)には、伐採した檜の先端でつくった枝付き柱を取り付けています。こちらは、檜が立っていた向き(方角)に合わせて取り付けました。
 また、建物の構造材全てに、香川県産の檜を使いました。地元の木を使うことは香川県の山の活性化にも繋がります。地域の気候・風土に合った建物をつくることは、未来に木の文化を繋げる取り組みのひとつと考えています。


現場紹介 「父母ヶ浜店舗 新築工事」

左≫掛矢を使って大黒柱に登梁化粧を打ち込んでいく  右≫大黒柱を中心に放射線状に伸びる構造材が美しい


現場紹介 「父母ヶ浜店舗 新築工事」

左≫五世代続く山口家。左から山口亮二(息子)、山口 宏巳(棟梁)、山口 剛生(孫)  右≫刻み小屋で加工した八角形の大黒柱


現場紹介 「父母ヶ浜店舗 新築工事」

左≫方形屋根のかき合い(頂点)に伐採した檜の枝付き柱を設置 右上≫現場でも手彫り加工する 右下≫真上から見た大黒柱


【父母ヶ浜店舗 新築工事の建物概要 】

工事名:父母ヶ浜店舗 新築工事
場所:香川県三豊市仁尾町
構造:木造平屋建て
延べ床面積:100㎡(30.30坪)
設計・施工:(株)菅組

工事風景~完成までの動画


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お店紹介 「トランキーロタコス」


お店紹介 「トランキーロタコス」

屋根は、草屋根。建物の周りにはふとん篭を設置して、野生生物の生息場所としても提供している

 国内外問わず、多くの人が日々訪れる香川県三豊市仁尾町の父母ヶ浜のすぐ近くに、草屋根が目印のタコス専門店「トランキーロタコス」がオープンしました。こちらは、愛媛県四国中央市川之江店に続き2号店となります。
 メキシコにある日本料理店で板前として働いていたオーナーの三窪さん。日本に帰国したとき、メキシコ料理の定番であるタコスをたくさんの人に食べてもらいたいという思いで、タコスを極めたお店を出すことに決めたそうです。菅組の会長、社長、設計士をはじめ、さまざまな人との縁がつながり、美しい父母ヶ浜の近くにお店を開くことになりました。
 香川県三豊市高瀬町のパン屋さんがつくる天然酵母の生地(トルティーヤ)で具材を包んだタコスは、日本人に合うように独自のアレンジを加えているそうです。


お店紹介 「トランキーロタコス」

放射線状に伸びる現しの構造材が美しい店内


 店内の中心には、本誌でも紹介している大きな八角形の檜の大黒柱が据わり、背割りの部分には埋め木と千切り模様が施されています。カウンターとベンチは、大黒柱の端材を使って菅組の大工がつくりました。中央の大きなテーブルは、樹齢約400年の徳島県産杉の一枚板です。これは、古材を保管・販売している古木里庫に保管されていたものです。こちらも菅組の大工が手作業で丁寧に磨き、修復しました。建物に用いた草屋根は、夏の暑い時期の強い日差しをやわらげる遮熱効果があります。
 訪れる人々や、小さな生物たちにとって、このお店が憩いの場となっていくことと思います。


お店紹介 「トランキーロタコス」

上≫壁面の絵は、BEAMS JAPANの店舗内の天井画も手がけたKads MIIDA(カッズ ミイダ)さんの作品。 左下≫八角形の大黒柱の背割りの埋め木と、仁尾に縁のある鳥の千切り 右下≫菅組の大工が大黒柱の端材でつくった長机とベンチ、スツール


お店紹介 「トランキーロタコス」

左≫父母ヶ浜は地域の人々の清掃活動などのおかげで、この美しさが保たれている 右≫日本人が親しみやすい味わいを求めて、試行錯誤を重ねたオリジナルのタコス


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〔森里海から No.65〕水板倉(みずいたくら)


〔森里海から No.65〕水板倉(みずいたくら)

左下≫水中の土台-水と空気に触れる束には栗などの堅い木が用いられるが、 やはり痛みが大きいため20年に一度ほど新しく取り替える必要がある  右≫水板倉 中仙(大仙市有形文化財) 


文・写真:菅 徹夫

 秋田県東南部にある仙北(せんぼく)地方に、池の中に立つ水板倉と呼ばれる珍しい小屋があります。2022年10月、建築士会秋田全国大会の際に訪問することが出来ました。場所を特定するのが難しかったのですが、全部で6棟の水板倉(みずいたくら)を発見しました。
 屋敷や倉を堀で囲って守る例は日本各地に見られますが、水中に杭を立てた上に築いた倉は舟小屋等の特殊なものは別として他には例がないといいます。池は倉の内部の穀物の温・湿度の調節、防鼠、盗賊よけに役立つのだとか。また水板倉は、年間を通して水温が変わらない池の上に建てられているため、天然の保冷庫ともいえるつくりです。特に夏の気温が上がったときには、床板を外して水の上の涼しい空気と湿気が流れ込むような工夫がしてあり、倉の内部気温の上昇を防ぐことができます。


〔森里海から No.65〕水板倉(みずいたくら)

左≫最後に見つけた民家の水板倉  中≫町指定文化財 水板倉 右≫池上(ちじょう)のせいろ 太田(大仙市指定有形民俗文化財)


 またこの地域は山裾の扇状地であるため、豊富な水量の湧水に恵まれています。この湧水で種池(たねいけ)と呼ばれる池をつくり、水板倉はその中につくられます。この地域の自然や風土を巧みに利用して小屋は作られているのです。池では鯉を飼うことが多く、鯉は冬場の重要な蛋白源となります。水板倉は秋田県の仙北地域という狭い範囲だけに成立している極めて特徴的な小屋です。強い地域性を持ったこの小屋は倉としての重要な機能を果たしているだけではなく、集落の風景としても機能しています。風景となる小さな建築、 現在の建築の在り方にも大きな示唆を与えてくれているような気がします。


〔森里海から No.65〕水板倉(みずいたくら)

左≫池上(ちじょう)のせいろ 太田(大仙市指定有形民俗文化財) 右≫水板倉 中仙(大仙市有形文化財)


 日本全国に地域性を持った小屋(小さな建築)が存在しています。まだ見ぬ知られざる小屋も数多く残されていると予想されます。そうした小屋は地域の風土や文化と結びついて地域の風景をつくっています。できる限りその地に残って歴史を刻んでいってほしい と願いますし、我々が新しい建築を作る際にも「建築の在り方」として学ぶべき事は多いと改めて感じます。

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〔大工のはなし〕第26回『受け継がれる大工の道』



祖父である山口宏己(やまぐち ひろみ)棟梁の大工仕事に憧れて、大工の道へ進んだ山口剛生(やまぐち たけき)さん、20歳。2022年の春に、菅組に入社しました。
山口家は、五世代にわたり菅組で大工仕事に従事しています。伝統技術や歴史は、子や孫へと大切に継承されています。
剛生さんが右手に持っているのは、祖父の山口棟梁が使っていた手づくりりの掛矢(※)です。頑丈な掛矢の重みには、棟梁からの思いも詰まっています。
たくさんの人の思いと技術が、確実に受け継がれているのです。

※掛矢:樫など硬い木で作られた大型の木槌のこと

大工の系譜

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〔information〕土管


土管

 あののぉ64号でご紹介した土管を、父母ヶ浜店舗の雨水排水として施工しました。塩ビ管にはない集水性、土壌に与える環境負荷の低減、原料が土なので最終的に産業廃棄物にならないなど、土管のメリットはたくさんあります。ご興味のある方は、お気軽にお問い合わせください。

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〔information〕大黒家具


大黒家具

 父母ヶ浜店舗の大黒柱として伐採した巨大な一本の檜からは、構造材だけでなく、カウンターや長机、ベンチ(3脚)、スツール(13脚)など、数多くの家具が誕生しました。


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